「良いこと」を終わらせる難しさ

後期高齢者の医療費の自己負担割合は、稼ぎがある人以外は1割だ。

人間誰しも高齢になると病気に罹患する確率は上がるのだから、この割合が現役世代の負担増になっていることは自明の理だろう。

ではなぜこの制度を変えられないのだろうか。

もちろん後期高齢者からの支持を得られないとか政治的要因もあるだろうが、現場で働いていて思うのは、それが倫理的に「良くないこと」だからである。

当たり前ながら、後期高齢者は体力も機敏さも稼ぐ力も衰え、いわば「弱い立場」にある。

そんな弱い立場の人の負担を今より増やしてしまえば、すでにギリギリの人が沢山脱落するだろう。

また、これまで助けられていたのに、経済的な要因で助からない人が増加するだろう。

命は平等であり、年長者は敬われるものであり、長寿は良いこととされてきた日本において、そんなことはあってはならないのだ。

もし改革して平均寿命が短くなりでもしたら、真っ先に「悪い奴」として叩かれる。

だからやめられない。

どんな高齢者にも高い薬を平気で使うし、輸血もするし、どんな主訴でも徹底して解消できるよう取り組む。

生活保護についても同様のことが言える。

国に余裕があった頃はこの姿勢でもよかったのだろう。

倫理的には間違いなく「良いこと」だから。

でも、少子化が進み、子供を諦める人が増え、現役世代の格差が拡がり続けている今の日本に、倫理的に「良いこと」を追い求める余裕は無いように思う。

倫理的に「良いこと」であったとしても、持続不可能なら意味がない。

「悪いやつ」でもいいから、現実的な持続可能性を探り、適切な改革をしていくべきではないか。

 

※こんな発言をする医師が出てくるなど世も末だなぁと思われるかもしれませんが、実際世は末なのかもしれませんね?